日頃よりコンサルティングを通じ、中小企業経営者に「健康経営」の推進状況について尋ねることがありますが、「目の前の生産性を堅持することが最優先」、「コロナ禍にあって事業を継続することで精一杯」という回答がその大半を占めています。
「健康経営」には、従業員の活力向上や組織の活性化をもたらし、企業の業績向上や価値向上につながることが期待される・・・と言われています。
しかしながら、多くの中小企業経営者は、その必要性は理解しているものの、先行する従業員等の健康の保持・増進に関する投資とそこから得られる効果を期待するまでには至っておらず、この背景には、経営者として目先や足元を見ているのか、100年企業として将来を見据えているのかという経営視点の違いがあるようです。
今号は「健康経営」シリーズの最終回となります。改めて「健康経営に取り組むメリット」や「健康経営優良法人の認定制度」の概要を整理しますので、代理店の皆さんには、企業経営者に対する情報提供にお役立て頂ければ幸いです。
- 健康経営に取り組むメリット
・企業イメージ向上およびブランディング効果
「製品・サービスの購入や業務を発注する際に、取引先の労働衛生や従業員の健康の状況を把握・考慮しているか?」のアンケートに対し、健康経営銘柄企業*1では90%以上が取引先の健康経営推進状況について考慮・確認しています(経済産業省 商務情報政策局 第13回健康投資WG説明資料)。事業継続の観点からも「健康経営に取り組んでいる企業」は取引先や投資家から「中長期的な成長が見込まれる」と高い評価を受けています。
・従業員のモラール向上
従業員の会社に対する「愛着心」や「誇り」などを示す指標のひとつに「定着率」がありますが、2019年における全国平均の離職率11.4%に対し、健康に配慮している健康経営優良法人2021認定企業の離職率は5.4%でした(健康経営の推進について 経済産業省ヘルスケア産業課)。経営トップがリーダーシップを発揮して「健康経営」に取り組む姿勢は、従業員に強いメッセージとして伝わり、企業の活性化につながっているようです。
・人材確保
大卒求人倍率*2(2022年3月卒)に表されている中小企業(300人未満の従業員)の求人倍率は、コロナ禍であるにも拘わらず5.28倍と高く、人材確保が厳しい状況にあります。経済産業省が就活生を対象として実施したアンケート(※本ニュース第9号に掲載)では、就活生は「従業員の健康や働き方に配慮している」・「福利厚生を充実させている」企業に就職したいとの回答が多くありましたが、健康経営を掲げる「従業員に優しい会社」であることが社内外に広く認知されることも優秀な人材を確保する上で重要な要素となります。
・健康経営優良法人認定制度によるインセンティブ
経済産業省が主管となり、健康増進の取り組みをもとに、とくに優良な健康経営を実践している大企業や中小企業等の法人を顕彰する制度です。「従業員等の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に取り組んでいる法人」がインセンティブ等の社会的評価を受けることができる各種顕彰制度を整えています。
この中には、認定企業に対する「特定の金融機関からの金利優遇措置」や「地方自治体によるインセンティブ授与」等があり、これらの顕彰制度を掲げることで健康経営に取り組む優良な法人を「見える化」しています。
- 健康経営優良法人認定制度
経済産業省は、企業規模等をもとに「大規模法人部門」と「中小規模法人部門」の2部門で「健康経営優良法人」を認定しています。健康経営優良法人2021(中小規模法人部門)への申請・認定状況(令和3年3月4日現在)における申請数は9,403件(対前年+3,308件・前年比約1.5倍)、認定数は7,934件(対前年+3,123件・前年比約1.6倍)と多くの企業が健康経営に関する取り組みを図っています。
健康経営優良法人の認定においては、経営者の「健康宣言」の下に構築された組織により、社内で「健康経営」に関わる制度・施策を策定して実行することが評価されます。
1. 経営理念・方針
2. 組織体制
3. 制度・施策実行
4. 評価・改善
※ 法令遵守の要件には「労働基準法」または「労働安全衛生法」に係る違反により送検されていないこと」が盛り込まれています。
・制度・施策実行
健康経営優良法人認定における制度・施策実行の評価項目には17項目があり、その内の2つは必須、その他の15項目は小項目群から選択して施策を実行する必要があります。この中には、「50人未満の事業場におけるストレスチェックの実施」、「長時間労働への対応」、 「私病等に関する両立支援の取り組み」、「保険指導の実施または特定保健実施指導機会の提供」、「メンタルヘルス不調者への対応」などがあります。
例えば、「メンタルヘルス不調者への対応」では、「専門家」や長時間話しを聴いて貰える「相談者」を必要とします。しかしながら、職場内に「相談者」を置くことが難しい企業もあると考えられますので、事業場外に「相談窓口」を設置しておけば健康や生活習慣病等について従業員がいつでも気兼ねなく相談できる環境が整うので、「従業員の心と身体の健康づくり」における健康保持・増進施策として組み入れることが可能です。
「健康経営」は「働き方改革」と並行で位置付けられています。これまでに「就労不能リスク」に繋がる各種疾病やその主因となる生活習慣病に触れましたが、「過重労働」や「ストレス」については「脳・心疾患」や「精神疾患」の発生要因となるため、「健康経営」への取り組みを疎かにすることは企業に大きな損失(
健康経営への投資効果*3)を生ずることは明らかであると考えます。
経営者は、従業員等へ健康投資を行うことが企業の業績向上・価値向上に繋がるとの考えに信念を持ち、「健康経営」を経営戦略の一環と位置付けて投資できるか否かによります。
健康銘柄企業*1
経済産業省は、東京証券取引所と共同で、従業員等の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に取り組む上場企業を「健康経営銘柄」として選定しています。長期的な視点から企業価値の向上を重視する投資家に対して、魅力ある企業として紹介することを通じ、企業による健康経営の取組を促進することを目指しています。第7回目となる「健康経営銘柄2021」に29業種48社を選定しています。
大卒求人倍率*2
300人未満の企業における2022年卒の大卒求人倍率は5.28倍(2020年:8.62倍、2021年:3.40倍 )で、コロナ禍による景況感の不透明さにより、中小・中堅企業で採用予定数が減少した。とくに 300~999 人の企業で採用予定数が減少。また、飲食店・宿泊業のような、コロナ禍の影響を受けやすい業種で、採用予定数が減少した企業が多かった(リクルートワークス研究所「第38回ワークス大卒求人倍率調査 2022年卒)。
健康施策への投資効果*3
健康経営を実施する上で、共通の指標を用いて、その効果を経営的視点から定量的に示していくことが重要。健康経営の投資対効果を測定するための手法の開発・研究で、経産省の委託事業として、東大・産業医大にて個人の健康関連因子(「生物学的リスク」・「生活習慣リスク」・「心理 的リスク」)とプレゼンティーイズム(労働生産性)・アブセンティーイズム(欠勤など)の相関分析を実施。各リスク項目該当数が多いほど、プレゼンティーイズム・アブセンティーイズムによる生産性損失が高くなり、低リスク層に対して高リスク層は損失コストが1.4倍となることが分かった(経済産業省 第9回健康投資WG事務局説明資料)。