代理店の皆さんの中には、お客様が新型コロナウイルス感染による保険金請求の取扱いが行われていることでしょう。10年になる東日本大震災の時も多くの被災者の方々への相談に応じられたことと思います。その当時、厚生労働省は被災者保護に向けて、「仕事中や通勤中に地震、津波により建物が崩壊したこと等が原因となった被災者に、労災保険の給付を行う・・・」ことが通知されました。震災発生後2か月の短期間で労災認定緩和には大変驚きましたが、新型コロナ感染も迅速な対応が行われました。令和3年4月9日現在における労災申請は8,750件、支給決定4,568件と増加しており、新型コロナに罹患した労働者が労働災害補償保険法(以下、労災保険)による給付と労災に伴う安全配慮義務を問われる可能性について採り上げてみます。
- 労災保険給付となる対象
新型コロナ感染は怪我では無く病気です。労災保険は一般的に「労働者が業務に起因して(業務上)疾病にかかった場合には、労働者災害補償保険法に基づき療養補償給付や休業補償給付等を受給することができる」となっています。新型コロナ感染症の労災補償における取扱い(基補発0428第1号 令和2年4月28日)の通達によると、以下労働者を対象としています。
1.医療従事者等
患者の診察もしくは看護の業務または介護の業務に従事する医師、看護師、介護従事者等
2.医療従事者等以外の労働者で、感染経路が特定された者
感染源が業務に起因していると明らかに認められた者
3.医療従事者等以外の労働者で上記2以外の者
複数の感染者が確認された労働環境や、顧客等との接近、接触の機会が多い労働環境において業務に従事する者等、感染リスクが相対的に高いと考えられる労働環境で業務に従事していた者
新型コロナ病原体による感染を原因として発症した疾患が業務上に当たるか否かの判断は、個別事案ごとに感染経路、業務との関連性等の実情を踏まえ、業務に起因して発症したと認められる場合に、労災保険給付の対象になります。また、当分の間は調査により感染経路が特定されなくとも、業務により感染した蓋然性が高く、業務に起因したものと認められる場合にも、労災保険給付の対象とされるものとし、以下のように認定基準が緩和されています。
・「複数の感染者が確認された労働環境下での業務に従事していた」
・「顧客等との近接や接触の機会が多い労働環境下での業務等に従事していた」
この様に「感染の原因が業務中にある」、「業務外で感染したので無ければ業務に起因するもの」と判断により労災保険給付の対象としています。
以下は医療従事者等以外の労働者の給付対象事例の抜粋になります。(出典:厚生労働省HPより)
1.感染経路が特定された事例
・宿泊業、飲食サービス業
飲食店員 Aさんは、飲食店内での接客業務に従事していたが、 店内でクラスターが発生し、これにより感染したと認められたことから、支給決定された。
2.感染経路が特定されなかった事例
① 複数(請求人を含む)の感染者が確認された労働環境下での業務
製造業建設資材製造技術者の例では、感染経路は特定されなかったが、Aさんは、発症前 14 日間に、会社の事務室において品質管理業務に従事していた際、当該事務室でAさんの他にも、新型コロナウイ ルスに感染した者が勤務していたことが確認された。このため、Aさんは、感染リスクが相対的に高いと考えられる労働環境下での業務に従事しており、私生活での行 動等から一般生活では感染するリスクが非常に低い状況であったことが認められたことから、支給決定された。
② 顧客等の近接や接触の機会が多い労働環境下での業務
卸売業、小売業 販売店員の例では、感染経路は特定されなかったが、Aさんは、発症前 14 日間に、日々数十人と接客し商品説明等を行う等感染リスクが相対的に高いと考えられる労働環境下での業務に従事しており、私生活での行動等から一般生活では感染するリスクが非常に低い状況であったことが認められたことから、支給決定された。
- 安全配慮義務
労災保険による給付が行われると、事業主は労働基準法上の補償責任は免れますが、民事上の責任は残存しています。判例上において安全配慮義務は「労働者の労務提供において使用者が労働者の生命及び身体を危険から保護するよう配慮する義務」などと記述され、労働契約上の安全を労働者に提供しなかった使用者の債務が不履行として民法415条債務不履行責任が追及されます。また、労働契約法第5条では「使用者は労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」と条文に明記されています。
新型コロナにおける安全配慮義務はその範囲や基準は具体的に定められておらず、現時点で感染症対策に関する判例は確認出来ていないため、判断には難しい側面はありますが、類似する過去の訴訟事例などの法的枠組みをもとに一考しておくことも必要です。例えば、企業は感染予防や感染拡大防止対策に向けて在宅、出社制限、人員配置(高齢者や基礎疾患を持つ従業員への対応)、業務指示、衛生環境、健康管理など「安全な職場環境」をBCPに基づいて運営をしていたことを客観的に示すことが求められるかも知れません。
労災保険は国が強制加入の保険で補償する「最低限」のものなので、「休業補償給付」や「障害補償給付」は休業で減った収入や後遺症による逸失利益の一部のため、慰謝料は含まれていません。民事訴訟では「慰謝料」や労災保険に含まれなかった「逸失利益」など請求されることがあります。企業訴訟リスク低減はもとより、従業員の生命・身体を守るうえでも「安全配慮」を考慮したBCPであるか、再考されることをお勧めします